映水BLOG

2020.7.11 / コラム

鯉のぼりの意味や由来は?大切な歴史について

屋根より高い鯉のぼり。端午の節句には男の子の健やかな成長を願い五月人形を飾り、外にはきれいな鯉のぼりを揚げてお祝いをします。

鯉のぼりには、きちんとした意味があり、そして歴史もあります。

こちらでは

鯉のぼりの意味や由来、色について
鯉のぼりの素材
吹流しと矢車の意味

について説明をしています。

鯉のぼりの意味

鯉のぼりは、中国の神話や伝説に登場する「龍」が関係しているといわれています。中国では、黄河の上流にあるとされる龍門という滝を鯉が登ると竜になるという「登龍門伝説」があり、日本でも立身出世の象徴となりました。
さらに、鯉はとても生命力があり、大きく丈夫で、きれいな川以外でも生きていくことができるために、子供に強くたくましく育ってほしいという願いを込めて揚げられます。

鯉のぼりの由来

鯉のぼりは江戸時代の中期頃に誕生したと言われています。江戸時代には、鯉が滝を登る仕掛けのおもちゃもありました。端午の節句には、当時から男の子の誕生と健やかな成長を願い、外に飾る幟(のぼり)にも鯉が描かれていました。

そこから鯉を吹き抜けにしようと考え出されたといわれています。

鯉のぼりは、初めから大きなものではなく、その幟についていた小さな旗でした。そして、泳ぐ姿が人気となり次第に大きくなっていったといわれています。

鯉のぼりは、現在でこそ、綿やポリエステル、ナイロンなどを使用して作られていますが、当時は和紙を使用したものが大半で、雨にも弱く、揚げたり下ろしたりも一苦労だったと言われています。

鯉のぼりの色について

江戸時代の鯉のぼりの彩色は、関東は泥絵具などを使用し金色や銀色のきれいな色を付けており、実際の鯉よりも華やかに表現していたのに対し、関西では黒い鯉や赤い鯉は濃淡で表現され、実物の鯉に近いく上品な彩色が好まれていました。関東と関西との真ん中の静岡では、どちらのタイプの鯉も作られていたと言われています。

江戸時代の鯉のぼりは、一本の竿に黒い鯉を一匹だけ揚げていました。明治時代になると赤い鯉も加わり、何匹かの鯉を一緒に揚げるようになりました。そして、高度経済成長期になり、赤い鯉の下に青や緑、橙(だいだい)色などの鯉のぼりもできあがりました。黒い鯉はお父さん、赤い鯉はお母さん、青い鯉は子供を表すとされ、最近ではピンク色の鯉のぼりも一緒に揚げられています

鯉のぼりの素材

江戸時代の鯉のぼりは、和紙で作られていました。しかし、戦後に和紙の産地が衰退し、木綿や化学繊維の鯉のぼりが多く作られるようになると、和紙の鯉のぼりは減少してしまいました。そして昭和30年ごろにナイロン製の鯉のぼりが作られるようになり、プリントが広まり、現在ではポリエステルや化学繊維でもつくられるようになっています。

吹流しと矢車の意味

黒い鯉の上に泳いでいる吹流しは、もともとは鯉のぼりとは別々のものでしたが、明治時代になり、鯉のぼりと吹流しは一緒に揚げられるようになりました。吹流しが五色になっているものは、中国の「陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)からきており、木・火・土・金・水の五行を表しています。吹流しは、他にも二本の線が引いてあるものは「子孫繁栄」を願っています。吹流しにはとても縁起のいい意味を持つものが使われています。

鯉のぼりの竿の先に付いている「矢車」は、神様へ子供の誕生をお知らせする目印の意味があります。矢は、古来から邪悪なものを射るということから魔除けの意味があります。

まとめ

鯉のぼりには江戸時代からの歴史があり、吹流しや矢車にもきちんとした意味が込められています。

最近の鯉のぼりは、ベランダに手軽に揚げられるものもたくさんあります。そして、昔ながらの工程で制作される世界に一つの鯉のぼりもあります。

きれいで素敵な鯉のぼりを探してみてくださいね。

大将飾りの歴史や飾り方の移り変わりまで

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