映水BLOG

2020.8.9 / 五月人形

お子様が徳川家康の五月人形に!職人が伝統工芸で作る人気の大将飾り

大切な赤ちゃんが健やかに育ちますように。と家族の願いを込めて贈る五月人形。

5月5日の端午の節句には、素敵な五月人形を飾り、お祝いをしたいですね。

五月人形には、かっこいい鎧や兜飾りの他にも、かわいい大将飾りがあります。

お人形を中心に飾る大将飾りには、職人がお子様のお顔に似せてつくる徳川家康のオーダーメイドの似顔子供大将があります。

こちらでは、徳川家康の大将飾りの説明と一緒に、徳川家康についても詳しく歴史解説をしています。

オーダーメイドの似顔子供大将

オーダーメイドの子供大将のお顔は、職人が江戸時代からの伝統工芸の「桐塑頭(とうそがしら)」で一つ一つ制作いたします。

伝統工芸のお顔は、桐の木の粉と糊を混ぜて生地抜きをし、乾燥させた土台に、胡粉を何度も何度も塗り重ねて一カ月ほど掛けできあがります。

天然素材を使用して作るお顔には、あたたかさと味わいがあります。

桐塑頭の子供大将をつくる職人も日本でわずか数人となりました。とても希少な伝統工芸のお人形です。

オーダーメイドの似顔子供大将のことを詳しく知りたい方は「味岡人形 オーダーメイド子供大将」をご覧ください。

徳川家康の似顔馬乗り大将

徳川家康 馬乗り大将 「黒」 伝統工芸 桐塑頭

横幅:約55センチ
奥行:約40センチ
高さ:約55センチ


徳川家康 馬乗り大将 「白」 伝統工芸 桐塑頭

お人形の大きさは、白と黒のどちらも高さ約50センチのとても立派な馬乗り大将です。


歯朶(シダ)の葉の前立(まえだて)と徳川の「三つ葉葵の御紋」が印象的な兜です。
シダの葉は、胞子で増えるため子孫繁栄に通じており、徳川家康が好んで前立に使用していました。

 

豪華な徳川家康の馬乗り大将のお顔は、職人がお子様に似せて制作いたします。

人気の馬乗り大将の馬は、「白」と「黒」からお選びいただけます。

馬乗り大将本体のみでお飾りいただいても豪華ですが、後ろの屏風をいろいろな種類の中から組み合わせてお選びいただけるほか、お子様のお名前の旗や鯉のぼりも組み合わせることができます。

お子様が、縁起の良いシダの葉の兜と、かっこいい鎧を身に着け、馬に乗った徳川家康の五月人形になります。

徳川家康の似顔子供大将


徳川家康 大将飾り 伝統工芸 桐塑頭

横幅:約55センチ
奥行:約33センチ
高さ:約43センチ

職人が、お子様に似せて制作する五月人形には、子供大将もあります。

お人形のデザインは、数種類ある中からお好きな子供大将をお選びいただけます。さらに、衣装の布もたくさんの種類の中からお選びいただけます。

台や屏風、お名前の旗や鯉のぼりなどのお道具も色々と組み合わせ、世界に一つの五月人形をご提案いたします。

お子様が、シダの葉の兜を身に着けた、かわいい徳川家康の五月人形になります。

徳川家康の歴史解説

徳川家康(1542〜1616)

身長159cm
(当時の平均身長は、男性が159cm、女性が143cmから145cmだったと言われています。)

1542年、三河国(現在の愛知県東部)岡崎城で誕生。
父は松平広忠、母は於大の方である。
幼名は竹千代、元服後は松平元信、元康、家康と名乗りを変えている。

徳川家康は誰でも知る歴史上の人物だが、通説と実際の出来事が異なる場合がいくつかあるので、それを見ていきたい。

幼少期に織田信秀(信長の父)が岡崎城を攻略した際に織田方の手に渡り、松平家は今川氏に援助を求め、安城城を攻め落とし、織田信長の兄信広を確保、その後竹千代(家康)と信広を交換し、今川氏へ引き渡され、そこで元服した。

その後、1560年の桶狭間の戦いにおいては、今川の将として大高城に兵糧を入れたり、織田方の砦を落とすなどの活躍を見せるが、今川義元は信長に敗退。
戦後、岡崎城に入り、これまでのように今川家の援助を受けられない中で再出発を図ることになる。

1561年には信長と和睦。

1566年には三河国をほぼ統一、徳川に改姓。
その後、信長の上洛戦に協力、1570年には姉川の戦いで信長とともに朝倉・浅井氏と戦っている。

甲斐国の武田信玄とは、今川領国の国分協定を「川」で行う、としていたが、徳川方は大井川、武田側は天竜川と違った解釈をしており、関係を悪化させる。
家康は上杉謙信と、信玄は朝倉義景と同盟を結び、両者の対立は決定的となり、1572年、信玄は徳川領国の遠江国(現在の静岡県西部)攻め込む。

ここで、その際に起こった三方原の戦いに関連した新説を紹介したい。
徳川家康三方ヶ原戦役画像「しかみ像」について
である。

これは、家康が1572年末に三方原の戦いにおいて、武田信玄率いる武田軍に敗れ、当時の本拠地浜松城に逃げ帰った時に描かせ、後に自らが慢心しそうになった際にこの絵を見て戒めていたものと伝えられてきた。しかし近年、徳川美術館学芸員の原史彦氏の研究により、新説が発表された。

この画像は、徳川御三家のうち、尾張徳川家第9代藩主である徳川宗睦が養子に迎えた徳川治行の妻で、同じく御三家の紀州徳川家の従姫(よりひめ)の嫁入り道具の中にあったものということが判明。

その後、尾張徳川家が家康所縁のものを収める「御清御長持」(おきよめおんながもち)に収めたものだと言われている。
しかみの表情も、当時の絵画の仏教的影響があると言われる。
したがって、このしかみ像は三方ヶ原の戦い直後の家康を描いたものではない、と指摘されている。

1575年には、信長とともに長篠合戦で信玄の後継者勝頼を打ち破る。

武田家はよく長篠合戦に敗北したことで弱体化したと言われているが、決してそうではなく、家康が勝ちに乗じて武田方に反撃を加えていたところ、勝頼は長篠合戦の少し後には大軍を率いて救援に現れて家康を驚かせたりしている。

1582年、本能寺の変後に空白地帯となった旧武田領国を巡り、北条氏政・上杉景勝と三つ巴の動乱(天正壬午の乱)を戦い抜き、三河・遠江・駿河・甲斐・信濃国の5ヵ国を支配する勢力となる。

1584年から開始された羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)との一連の戦闘(小牧・長久手の戦い)を経て、秀吉に臣従し、豊臣大名として活動することになる。

1590年には旧北条領国へ移ることになる。
これもかつては秀吉が家康の力を削ぐために移動させたと言われてきたが、実際には家康には豊臣政権の関東・奥羽への押さえとしての役割があったからである。
よく江戸は廃れた場所で、家康により開発が進められたとされているが、実際は水道交通の要地であった。
豊臣政権の関東・奥羽統治の拠点とも言える場所に家康の本拠地は置かれた。

1598年、秀吉没後、次第に力を増す家康に対し、石田三成らは1600年に挙兵するが、家康は関ヶ原の戦いに勝利する。

関ヶ原の戦いについても、実際には開戦と同時に予め味方に付けていた小早川隆景らが石田三成方=西軍を攻撃したことで、瞬時に決着がついたことが判明している。
なかなか小早川隆景が西軍を攻撃しないことに苛立った家康が隆景の陣地に向けて鉄砲を放つ「問鉄砲」などの逸話には事欠かない戦いだが、そのようなことはなかったというのが近年の研究成果である。


徳川家康 南蛮甲冑

ちなみに、家康は関ヶ原の戦いにて、南蛮甲冑を身に付けていたと言われている。日本が戦国時代たけなわの頃、世界を見渡すとポルトガルやスペインが海洋進出をする、いわゆる大航海時代であった。

関ヶ原の戦いの直前、オランダ船リーフデ号が難破し、乗組員だったウィリアム・アダムスと会見した家康は、アダムスを三浦安針として召抱え、外交分野で起用した。
予想ではあるが、家康が関ヶ原の戦い時に身に付けていた南蛮甲冑はこの際に送られたものかもしれない。

また家康は、兜に歯朶(シダ)を模した前立を好んで使用していたようである。
歯朶は胞子で増えるため、子孫繁栄に通じるためだと言われている
関ヶ原の戦いで功績のあった黒田長政にもこのシダの葉の兜を贈っている。

また、家康が歯朶の前立のある兜を含む具足を身に付けて関ヶ原の戦いや大坂の陣に勝利したことで、幸運の具足と言われるようになり、徳川歴代将軍はこの写しを作ったと言われている。

余談だが、近年、海外で日本のことを記した史料が大量に見つかっており、日本にある史料には書かれていないことも多く見られる。
家康のことに限らず、双方の史料の突き合わせを行うことにより、新たな発見が期待されている。

1603年、征夷大将軍に任じられ、江戸幕府を開く。

1614年の大坂の冬の陣、翌1615年の大坂夏の陣においては、真田幸村こと信繁の大活躍に苦しみつつも、豊臣家に対して勝利する。

こうして家康は「天下泰平」の江戸時代の礎を築いたと言える。

まとめ

人気の徳川家康のオーダーメイド五月人形のお顔は、職人がお子様に似せて江戸時代からの伝統工芸で一カ月ほど掛け一つ一つ制作いたします。

人気の五月人形は、「馬乗り大将」と「子供大将」があります。

馬乗り大将の馬は「白」と「黒」からお選びいただけます。

子供大将のデザインは、数種類の中からお選びいただけます。衣装のデザインも、布からお選びいただけます。

台や屏風、お道具も自由に組み合わせることもできます。

職人が制作する世界に一つの徳川家康の五月人形です。

お気軽にお問い合わせください。

お子様が真田幸村の五月人形に!職人がお顔を似せてお作りいたします

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